BABYMETAL誕生の前日譚

151: 2020/08/18(火) 16:13:56.59
2009年にBABYMETALの企画ができたと思うけど、
その時点で既にさくら学院の重音部という設定だったのかなぁ?
ゆいもあはさくら学院参加が決まった後にBABYMETAL参加が決まったの?

 

157: 2020/08/22(土) 09:20:04.95

>>151
「2009年にBABYMETALの企画ができた」という説は、
コバメタルのインタビューからそう想像されるだけで、ソースは有りません。
コバメタルがいつどんなアイディアの思いついたかは本人以外には分かりません。

ニッポン放送の吉田尚記アナがベビメタ誕生の話をしています。
http://www.yoppy.tokyo/articles/853/
https://youtu.be/Bul8KmixD2I?t=2m46s

アミューズの小林さんと・・・
「アイドルわからないんですけど、さくら学院の担当になりました。どうしたらいいですか?」
「好きなものあります?」「ヘビメタがすごい好きです」「それいいんじゃないですか」
って話してたら、しばらくして彼から「新宿ロフトに見に来てください」って言われて・・・

吉田アナに言われて思いついたのではないでしょうけど、少なくとも、
「さくら学院の部活という枠組みに先行してベビメタというプロジェクトが始まった」という説は、
吉田アナの話と矛盾します。

さくら学院は2010年春開学の一年前からいろいろ準備していたそうなので、
「さくら学院結成の公式発表の前にさくら学院重音部としてのベビメタというプロジェクトが始まった」
と言うならば、間違いではないかも知れません。

コバメタルがベビメタ結成について語っているインタビューは、
単なる自分の脳内構想なのかアミューズで話し合って決まった内容なのかの区別や時系列が不明瞭です。

 

158: 2020/08/22(土) 22:13:02.97
>>157
さくら学院が活動を始める前にドキドキモーニングの仮歌を聴いたとすぅが言ってるそうだし、
企画はその前にあった筈だからやっぱ2009年じゃないのかな?
一方さくら学院のオーディションを兼ねた練習は2009年の春頃からだからその前に企画があったことになる。
だから時系列ではさくら学院の企画が先にあっただろうね。
で、さくら学院とは何だろうね?
クォリティーが高いのに解散した可憐ガールズと初代ミニパティを合流させたのだろうけど、
残りのメンバーがどうして選ばれたのかわからない。
ゆいもあはどうしてさくら学院のメンバーになったのだろう?

 

164: 2020/08/23(日) 09:07:35.98

>>158
ド・キ・ド・キ☆モーニングは元々メタルでなかった曲をメタルにアレンジした
とコバメタルが言っています。
もし中元さんが聴いた仮歌がメタルになる前のものだったら、
その時点でベビメタの企画があったという根拠にはなりません。

もし、誰かが言っているようにド・キ・ド・キ☆モーニングが可憐Girl’sのアルバムの没曲だったら、
可憐Girl’sとして活動している時に聴いたのかも知れませんし、
さくら学院の候補曲として聴いたけど採用されなかった曲が、
後からメタル化して重音部の曲として復活したのかも知れません。

 

166: 2020/08/23(日) 10:24:09.50
>>164
ドキドキモーニングをはじめとするBABYMETALの作詞作曲陣と可憐ガールズの作詞作曲陣は全く被らないように思えます。
歌詞の内容を見ても可憐ガールズではないでしょう。

 

167: 2020/08/23(日) 11:20:06.95
>>166
ド・キ・ド・キ☆モーニングの作曲者ののりぞーさんは、
さくら学院2010年度アルバムに収録されたミニパティと新聞部の楽曲の作曲も担当しています。

 

152: 2020/08/19(水) 14:59:22.39
①コバが畑違いのアイドルのPを任された、パフュームの後継がない事に着目
②中元すず香を見た、可憐Gの解散を待った(アイドルに詳しい友人にアドバイス求めた
③中元の相方が見当たらなかった、彼女の脇を回る天使構想に切り替えた(もいもいGET
④さくら学院は武藤ありきのグループ
⑤中元のさくら入りを待って重音部立ち上げとした(もいもいさくら編入は茶番

 

155: 2020/08/22(土) 00:41:04.27

>>152
この辺の話はよく聞くよね
当時の父兄さんは了知してるのかな

ベビメタを結成するためにさくら学院作ったとかゆいもあを途中編入させたとか話がいろいろあってホントよく分かんない
まりっぺとかがコッソリ語ってくれんかねえ…

 

156: 2020/08/22(土) 06:46:51.12
可憐ガールズ解散のすぐ後にさくら学院のオーディションを兼ねた練習が始まってたみたいだね。
コバは可憐ガールズの任務完了ライブを見てBABYMETALの企画を思いついたって話だから、
時系列的にはさくら学院の企画が最初にあって、BABYMETALは後からの別の企画でしょ。
そうすると、ゆいもあはどうなんだろう?
さくら学院が決まっててBABYMETALに加わったのか?
それともBABYMETALに参加することが先に決まっていて、BABYMETALがさくら学院の重音部という設定にするので一緒にさくら学院に入ることになったのか?

 

159: 2020/08/22(土) 23:03:09.71

なるほど興味深いね
表向きの時系列ではさくら学院の企画があったのち重音部だけど、背後ではすぅちゃんをメインとした重音部企画があったってことかな

確かゆいもあのさくら学院入学も4月入学じゃなくて中途編入になったんだよねー
その辺も関係あるかも

そうなると根本的にはそもそもさくら学院と同時期に企画されてたベビメタが何故わざわざ、さくら学院を経由したのか気になるね
政治かねえ…

 

161: 2020/08/23(日) 01:41:31.30
ミニパティ+武藤+中元→三吉→松井+佐藤+モイモイの流れと思ってる

 

162: 2020/08/23(日) 07:00:55.09

さくら学院自体、当時アミューズは有望なキッズタレントが多い割にイマイチ活かせてなかったので
アイドルグループとして売り出すというよりは将来の進路選択まで見据えた育成機関かつ育成期間として発足した一面がある

将来何をやるにせよ早すぎる本格デビューは長い目で見るとマイナスも多いので
早期に進路が決まっていたであろう初代3人と中元すず香に関しても一旦さくら学院へという流れだと予想する

また、論題と少々ズレるがさくら卒業後の動向を見る限りオリメン、特に初代3人と中元すず香に関しては
最初から明確に強く売り出す予定ありきでさくら学院発足しただろうけど
それ以降は本人の意思や希望に沿ってかなり流動的になった感はある
菊地最愛と水野由結でさえ、さくら卒業時点でベビメタ継続の意思確認がきちんと行われた

 

163: 2020/08/23(日) 07:05:05.35
松井がどうしてさくら学院に選ばれたのか自分でもわからないと言っていたけど、三吉の相方として必要だったのだろう。
ゆいもあもすぅの相方として必要だったからさくら学院に選ばれたんじゃないかな?

 

165: 2020/08/23(日) 10:18:11.98
まぁ様々なソースから色々と想像するのは楽しいけど明確な答えが出せる質問ではないねえ

 

引用元:

http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/babymetal/

 

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10 件のコメント

  • 1
    アバター 匿名 says:

    パフュームさえあれば小林氏が(俺ならメタルで……)と与太話レベルで思うこともあるだろうし
    ミニパティを業務で任されれば(一からできるならメタルで……)と思うこともあったのでは?

    流れでさくら学院の「原型」のレッスン兼オーディションにも関わっていたんだろうし
    その原型は最終的にはさくら学院になったけど
    可能性としてはBABYMETAL的な何かが単体でデビューすることもなくはなかったと思う

    さくら学院は素晴らしいフォーマットだけどデビューしてなお卒業制度を厳格に適応するつもりがあったかは怪しいと思う
    少なくとも時間稼ぎのため中二以下としたんじゃないか

  • 2
    アバター 匿名 says:

    中元すず香をどうするか?という悩みもあったと思う。
    ミニパティ+中元すず香(メイド服)でのライブも一度試している。
    さくら学院に入ることになったのも広島から急に呼び出されたと言ってるので中元すず香は、当初さくら学院に入る予定じゃなかったのかも?
    また、福岡アミューズでレッスンをしてた3a.m.より1歳上の藤原さくらがさくら学院に入りたいと言ってたが最終的に入れなかったと言ってたので、武藤彩未を中心にさくら学院が計画されたのは間違いないだろう。

  • 3
    アバター 太郎麻呂 says:

    2009年時点でアミューズ・キッズのオーディション&レッスンに由結は東京、最愛は大阪に通っていた。
    当然キッズ担当だったKOBAもその両方にちょくちょく顔を出していたから、BABYMETALの両翼を担う人材としてこの頃既に二人は内定していたと考えるのが自然な流れだと思う。
    但しKOBAによるアミューズの社内プレゼンが通りBABYMETALプロジェクトが始動するのは、さくら学院が開設された後となる。
    (これはさくら学院Pの千葉氏との大人の事情が絡んでいるのだろう)

  • 4
    アバター tama says:

    ①さくら学院と同時期に乃木坂が誕生。
    さくら学院として東京に通わせるのを躊躇っていた中元家だったが、姉妹+母親で東京に行く事を決める。
    ②09年途中でさくら学院に入る事を決めた為
    一人だけ部活動がなかったが、新しい部活動をKOBAに任せる。KOBAは悩んた末に(重音部)を構想。
    楽曲や、二人の加入等でお披露目のタイミングが遅れた。
    ③人気が出てしまった事てBABYMETALとして再出発が決まる。
    KOBAはこの時点でさくら学院の担当から外れ、BABYMETALのプロデューサーとなる。
     
    こんな所かな?

  • 5
    アバター 匿名 says:

    いずれにしてもBABYMETALを売り出すためにさくら学院に3人を入れたんでしょう。いかなり売り出すよりヒストリー的な背景がある方が良い。

  • 6
    アバター 匿名 says:

    5ちゃんねるにしては珍しく事実と想像を分けた議論ができてるじゃないの。
    もう何年か覗いてないけど、まともになったのかな。

  • 7
    アバター 匿名 says:

    いきなり重音部(BABYMETAL)を単独で活動させるのはリスクが高すぎる.
    小中主体の”無垢”なさくら学院で芸能活動の基本を教える中で模索するのが賢明な判断だ.
    受けなければ単なる部活動として消滅させてもよいと思ったのだろう.
    はじめはカラオケ、次に骨バンド、そして神バンドへと変化したのは
    手ごたえを感じたからだろうが、それなりに経費も増えてくる.
    それらの稟議を通し、2014の英独仏米加のツアー(実質赤字)、特にソニスという大勝負に打って出た小林さんとSU-、YUI、MOA、神バンド、スタッフの努力に頭が下がる.   

  • 8
    アバター 匿名 says:

    さくらの初期のMV内の扱いの低さを見れば、当時中元はほとんど重視されていない。可憐の時と同じで助っ人外人的な立ち位置。生徒会長としてセンターになる予定は全くなかった。

    可憐後期とさくらの制服を比較すれば、さくら学院が可憐ガールズの継承ユニットとして構想されたのは明らか。名称が違うのは小学館との権利関係。

    センターが中等部でバックダンサーが初等部ゆいもあなのは、新聞部以外の部活は全て同じ構成。
    今から考えれば不思議かも知れないが、
    当時左遷されてきたKOBAには、ほとんど予算も権限もなかった。

  • 9
    アバター 匿名 says:

    7 匿名さんに基本的には同意。
    当初のKOBAの頭の中にコンセプトとして存在していたのは「キャンディーズ・Perfumeの成功事例から3人組」で「中元がメインヴォーカル」の2つしかなかったと推測する。
    で、両脇の二人にはさくら学院内で「中元と最も比較されにくい水野と菊地」の2人を選んだ。
    さらに、さくら学院の部活動とすることで「反応が鈍いなら中元卒業で部活も実質的に停止すればよい」ぐらいに敷居を下げることができた。
    KOBAは「中元と最も比較されにくい」ことで選んだはずの2人が、とんでもない逸材だったことにいつ頃気づいたんだろうか。
    ここからはさらに妄想だが、BABYMETALが仮に世間の注目を浴びずに中元卒業で解散しても、シンガーとしての中元すず香は遅からず頭角をあらわしているはずで、TVの司会者に「昔はメタルやってたんですよねぇ」なんてつっこまれたりしていたかもしれない。
    菊地と水野は田口、野津とともに@onefiveを結成し、Perfumeの後継に名乗りをあげていたかも……。
    いずれにせよ、アミューズの教育機関としての「さくら学院」での「部活動」として出発したことが、大概のことは許される敷居の低さとしてBABYMETALに幸いしたことは確かだろう。

  • 10
    アバター 匿名 says:

    小林Pは優秀。人事異動で音楽Pから文化人P+管理職に昇進。
    女性パティシェの発掘に成功。更なるテコ入れで、女性パティシェ+アイドル(ミニパティ)を画策。
    この時、先輩の”可憐カールズ任務完了ライブ”の前座案件がミニパティに来る。

    小林Pは、任務完了ライブを見て、中元発見と同時に
    「自分が学生の頃は、ロックが熱かったが、今の時代はアイドルかぁ」
    一念発起、アイドルプロデュースを考える。
    どうせやるなら、アイドル(流行)+メタル(得意分野)をと企画書作成
    「3人グループ、中元と同等の2人を見つける社内オーディション開催」を提案
    結果、会議で稟議は通るが、
    「どうせ社内オーディション開催するなら、大型アイドルグループ結成はどうか?」
    と、多分ここで過去の大型アイドルグループの失敗を踏まえた
    さくら学院プロジェクトが始まる。
    BABYMETALプロジェクトとさくら学院プロジェクトは完全同時平行。

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